播州赤穂駅背後の丘陵地から眺める播磨灘。輝く瀬戸の海に点在する島々は、左に家島諸島、右には小豆島が浮かぶ。千種川河口部のデルタ地帯に開けた赤穂の市街地は、かつてはほとんどが塩田だった。

特集 「日本第一」の塩を産したまち 播州赤穂 〈兵庫県赤穂市〉 播磨灘の塩の国、赤穂

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赤穂藩浅野家が築いた「塩つくる国」

 沖合に島々を浮かべた播磨灘が広がっている。瀬戸内海国立公園の一部である海は波穏やかで、溢れる光で輝いている。兵庫県の西南部、岡山県との境に位置する赤穂市は温暖で雨の少ない典型的な瀬戸内の街だ。市街地の中央を中国山地を水源とする千種川[ちくさがわ]が流れ、南の播磨灘へと注いでいる。

 この町の中心地は千種川が運んだ土砂が堆積してできた広大な河口地帯にある。忠臣蔵で知られる赤穂城は海に臨む海岸平城で、海岸線一帯は見渡す限りの干潟だった。近年、干潟は埋め立てられて工業地や宅地となっているが、かつてそこには、「塩の国」と呼ばれる由来となった入浜式[いりはましき]の塩田が海岸線に延々と続いていたのだ。

江戸時代の赤穂塩田開発の推移。赤穂藩池田家から浅野家、そして幕末まで森家へと引き継がれ、広大な入浜塩田が形成された。(赤穂市立歴史博物館『常設展示案内』より一部改訂転載)

 赤穂の塩づくりは弥生時代まで遡る。赤穂市塩屋の堂山遺跡から製塩土器が多数発掘され、『東大寺文書[もんじょ]』には塩の荘園だった記録があり、平安時代の塩田遺構が全国で初めて発掘されている。古代から赤穂が製塩地であったことは明らかだが、塩田開拓が大規模に行われるのは江戸時代以降だ。

 池田赤穂藩が先んじて赤穂に塩田を開拓していたが、1645(正保2)年に常陸国[ひたちのくに]から入封した浅野赤穂藩初代藩主、浅野長直[ながなお]が大規模な塩田開発に着手する。『播州赤穂三崎新浜村沿革略記』にはその折、姫路藩の製塩に従事する民が赤穂に移住し塩田を開拓したことが記されている。以後、浅野家によって入浜塩田の開拓が進められる。

赤穂市立歴史博物館の「赤穂の塩」の展示室。ここでは赤穂の入浜塩田の特色や技術、塩の流通などについて、実際に使われていた製塩用具や塩廻船模型などが展示されている。

 入浜塩田は塩を効率良く大量につくる当時の最新技術だった。人力で海水を汲み上げて塩浜に撒く揚浜式[あげはましき]と違って、入浜式は潮の干満差を利用して海水を塩浜に送る。海水を直接汲む労力がかからず生産性が高い。この入浜製塩で大量に塩をつくる技術を確立、完成させた最初の地が赤穂であるとされる。

赤穂城清水門跡に隣接する米蔵跡に建つ赤穂市立歴史博物館。「赤穂義士とそのふるさと」をテーマに「赤穂の塩」など、赤穂の歴史と文化に触れられる。

赤穂市立歴史博物館の学芸員、木曽さんは「赤穂塩が全国的に有名になったのは赤穂義士の知名度が多分に手伝ったのでは」と話す。

 「日照時間が長く、1年を通して雨が少ないこと。広大な干潟と千種川が運んだ良質の砂地、潮位の干満差。そして塩を焚く薪。必要とする条件の全てを満たしていたのが赤穂です」と話すのは、赤穂市立歴史博物館学芸員の木曽こころさん。大規模な製塩を展開するのにこれ以上ない絶好の地だったというわけだ。

 浅野家三代が開拓した塩田は約100ha、甲子園球場25個分で赤穂藩に莫大な富をもたらした。塩生産によって赤穂藩5万石の実力は8万石から10万石の財政基盤があったと推定されている。赤穂塩の市場の70%が江戸、20%が大坂、その他が10%で、流通規模は国内全体の約3〜7%だったが、味と品質の良さから赤穂塩は全国に知られるブランド塩として流通した。

 その頃の文献に「諸国海辺より多く塩出るといへ共、播州赤穂の塩を名物とす」、明治時代には「塩は当国赤穂にて製するを国内第一等の品とす」などとある。際立っているのは、江戸の高名な絵師で蘭学者であった司馬江漢の一言、「赤穂塩日本第一也」。赤穂を訪れた旅の印象を江漢は『江漢西遊日記』にそう書き残している。

赤穂城三之丸大手門。1661(寛文元)年築城の赤穂城は変形輪郭式の海岸平城で、海に臨んだ城の東西の浜には塩田が広々と続いていた。

 元禄赤穂事件の後も、塩田開拓は赤穂に入封した永井直敬[なおひろ]に、その後は森長直[ながなお]に引き継がれた。江戸時代を通じて千種川を挟んだ東側と西側の浜に塩田が拓かれ、特に森家の時代には西浜の塩田が大規模に拡張された。江戸期の塩一俵は米五俵に相当したという。最盛期は総面積約400haで生産高は年に約9万4,500t。入浜製塩による操業は近代以後も続けられたが、1955(昭和30)年頃には近代的な流下式塩田に転換されていった。

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